大阪市東成区の工具メーカー「エンジニア」だ

投稿



この会社を訪れたのは 大阪出身の書道家・青柳美扇

かつて福井県小浜市から京都へ、若狭湾で獲れた鯖を運んだ道は鯖街道と呼ばれていた。しかし、気候変動や乱獲で漁獲高は激減。サイズも小さくなり鯖で栄えた漁港も一時の勢いを失った。「鯖の町・小浜を再生させたい」と立ち上がった大阪の会社があった。

ネジの穴が潰れてドライバーで回せなくなったネジをはずす。そんなニッチなニーズに応える製品で、累積販売260万丁の記録を打ち立てた会社がある。大阪市東成区の工具メーカー「エンジニア」だ。製品のネーミングもユニークで、ネジザウルス、鉄腕ハサミ、ネジバズーカなど遊び心満載。しかし、このネーミングやニッチなニーズの探り方には東大工学部卒の社長による綿密な理論があった。

全国で鯖料理専門店を出店している「鯖や」(大阪府豊中市)の右田孝宣社長が、取り組んだのが、若狭湾での鯖の蓄養だった。「鯖や」は、とろさば料理専門店「SABAR」で成功した新興企業。サバだけで170種類のレシピを誇る面白さが受けて、現在、日本国内で13店舗、シンガポールにも店を出すなど急成長した会社だ。

天然納豆菌を使った稲藁納豆は、温度、湿度、気温、発酵にかける時間など繊細な作業が求められるため、時間がかかったのだ。姉妹はさらに納豆ドレッシング、納豆ハンバーグなどの新製品を主婦目線で開発、次々とヒットを飛ばした。今年2月には大阪市内に納豆専門店をオープンさせた。

どこにでもある町の手芸教室が、一躍、世界のエンターテイメント産業が注目する企業に!そんな夢のような話を実現したのが大阪府三島郡島本町に工房を構えるフィルノットという中小企業。色や輝きが次々と変わる光の装飾を服に施すのが主な仕事で、工房には女性創業者とその娘、息子(社長)、職人を合わせて6人しかいない。

創業から17年間で売り上げ80倍、全国に62店舗を展開する大阪の自転車販売店の成長の秘密は意外な戦略だった。大阪府吹田市の本社を置くダイワサイクルは、痒いところに手が届くサービスが受けて業績を伸ばした会社だ。

工場の中にミュージアムを作ったり、経営者自らがコスプレで登場したり、珈琲味や松茸味のコンペイトウ、さらに石鹸、リップクリーム、コンペイトウでピアスまで。面白い商品開発で常に注目を集める会社が大阪府八尾市にあった。なぜ、こんな奇策にでるのか?書道家・青柳美扇が工場兼ミュージアムを訪れ秘密を探る。

納豆嫌いの多い大阪で、あえて本格的納豆で勝負する小金屋食品。1962年、山形出身の納豆職人がアウェーの大阪で腕を試したいと創業。当初は「臭い、食べたくない、よそで売れ」と厳しい洗礼を受けたという。大阪向けに臭いを控えめにした甘味のある味に改良し少しずつ受け入れられるようになった。

そして、HITOYOSHIは、ドレスシャツ販売で阪急メンズ館東京の6割、大阪の3割の売り場面積を占めるようになり、海外展開も視野に入れて動き出している。片田舎から世界へ、彼らの最高品質への挑戦を追う。取材するのは地元熊本を拠点にして活躍するミュージシャン。地元の誇り、シャツに込められた思いを歌にして披露する。

トーホーの素晴らしさはモノづくりにとどまらず、ガラス文化とビーズの魅力を伝えるための企業ミュージアムをつくり地域貢献しているところ。この会社を訪れたのは、大阪出身の書道家・青柳美扇。トーホーのモノづくり精神に触れ、それを書で表現する。

2015年10月、大阪市大正区に体験型の壁紙専門会社の店舗兼本社がオープン。他社にない品揃えと奇抜なデザイン、日本の規格外のサイズの輸入壁紙などで初日から行列ができるほどの注目ぶり。注目を集めたのは「WALPA」「壁紙屋本舗」などネットでは絶大な人気を誇る壁紙販売会社のフィル。

厚生労働省の調査では、宿泊業・飲食サービス業における3年以内の離職率は、50%を超えている。そんな中、離職率10%という驚異的な数字を達成している串かつチェーンがある。大阪・浪速区の「串かつだるま」14店舗を運営する一門会だ。

金平糖は1600年代ポルトガル人宣教師が日本に持ち込んだ砂糖菓子がその起源。織田信長も土産物でもらった金平糖を食べていたという。現在の星型の形になったのは明治に入ってから。1903年、大阪の商人が金平糖製造機を発明したことから全国で大量に生産されるようになった。

段ボールといえば荷物を送る梱包の箱。大半の方はそんなイメージを持たれているはず。ところが、かなりの重さに耐える丈夫な紙、クッション性もあり、軽くて、ゴミにもならない。そんな利点を最大限利用して意外なモノづくりを提案した企業が東大阪にあった。マツダ紙工業が作ったのは、段ボール製の家具、テント、簡易更衣室、ロボット、オモチャなど多岐にわたる。

細かい努力が実り、手汚れたら捨てられる手軽さが受けてヒットした。「喜んでもらうモノづくりには将来がある。消費者に近い目線で日本一おもしろい大阪のメーカーであり続けたい」将来を展望する松田社長の目に迷いは無かった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました